穏やかな笑顔の下に積み重ねてきたもの 【駒本蒔絵工房】
越前漆器の産地で有名な、鯖江市・河和田町。その一角に『駒本蒔絵工房』はあります。
今回はそんな『駒本蒔絵工房』と運命的な出会いをし、半生を共にしてきた駒本長信さんに、お話をお伺いしてきました。
河和田町は、人口およそ4000人ちょっとの小さな町。山々に囲まれたその町は、脈々と受け継がれてきた伝統工芸が、今も人々の生活を支えています。
河和田における漆器の歴史は古く、およそ1500年前の古墳時代から続いているといわれています。
その始まりは、この地を訪れた天皇が、塗師職人に冠の修理を命じたことがきっかけでした。職人は漆(うるし)を塗って修理した冠と一緒に、漆器のおわんを献上。天皇はその出来栄えにいたく感動し、この土地を『漆と漆器の職人の町』として認めたそうです。河和田では、今でも約180の会社が、漆器に携わっているといわれています。
KOGEI JAPAN 参照
https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/echizenshikki/
そんな天皇にも愛された越前漆器に欠かせないのが『蒔絵』です。
金や銀であしらわれた美しく雅な蒔絵は、古くから皇室の方達に愛用され、お米の代わりに税金としても献上されていたそう。
蒔絵は、季節や用途によって様々な絵柄があり、その制作技法も多岐にわたります。同じ技法を用いても、工房や職人によって風合いに違いが生まれてくるそうです。
そんな蒔絵を施す工房の一つが、今回ご紹介する『駒本蒔絵工房』。
76歳となった今もなお、現役としてご活躍される駒本長信さんを筆頭に、若き女性職人たちがRENEWを盛り上げてくださいます。
こちらは工房の表看板。
RENEW当日は、裏側が入口になっているので注意してください。
まるで秘密基地!細道を抜けると、そこは蒔絵工房でした
河和田川の近く。ちょっとした細道を入っていくと、小さな箱庭と、まるで隠れ家のような囲炉裏小屋を見つけることができます。
こちらがRENEW当日の入口。
猫に導かれて異世界へ迷い込む、某アニメ映画を彷彿とさせます。
その囲炉裏小屋を背に、美しく庭を色どる季節の花々や、鉢のなかのメダカを横目に進んでいくと・・・
その先に駒本さんの工房が現われるのです。
ここへ訪れたとき「秘密基地みたい!」と、年甲斐もなくワクワクしてしまった私。
こんなに特別な場所なのですから、きっと素敵な宝物が隠されているに違いない!と、思わず好奇心を掻き立てられました。
そんな私が工房で見つけたのは、棚に並べられた駒本さんの作品の数々。どれも美しく、人の手で作られたとは思えないほどの精巧な作りです。
その中でも、駒本さんが直接「これ、面白いんだよ」と手渡してくれたのが、蛙が描かれた石でした。
一見しただけでは分かりませんが、石に蒔絵を施すのは大変難しいことだそうです。
というのも、凹凸があり筆で描きにくいのはもちろんのこと、穴が開いているため、漆が染み込んでいってしまい、思うように描くことが出来ません。
また、外側に向かって傾斜もあるため、漆が流れていってしまうことも問題です。
しかし駒本さんは、その流れることも計算に入れたうえで、完璧な蒔絵を施しているのだそうです。
「これはとっても難しかった。他の人には、なかなか真似ができないものだよ。」
と、ちょっと誇らしげに語ってくれました。
さて、そんな駒本さんが施す蒔絵とは、一体どんな工程で作られているのでしょうか?
次は、その蒔絵について詳しくご説明します。
雅な「蒔絵」の裏側に隠されているモノ
そもそも蒔絵とは、日本独自に発達した伝統工芸で、およそ1200年ほど前から行われています。
蒔絵の工程は、まず漆器に漆を使って文様を描きます。その上に金粉や銀粉、スズや色粉などを蒔き付けて乾燥。さらに漆を塗り重ねて乾燥させ、その工程を何度か繰り返します。そのあとにやっと仕上げの研磨をし、光沢を出すことで、蒔絵は完成するのです。
この工程を聞くだけで、どれだけの手間暇をかけているのか・・・想像は難しくありませんね。
蒔絵の名称は、この金粉などを『蒔く』工程から取られているそうです。
人の手で描かれたとは思えないほど精巧な、「令和」の絵柄。事務局のスタッフも「ステッカーじゃないの!?」と思わず二度見してしまうほど。もちろん、駒本さんが描いた作品です。
また、ひとえに蒔絵と言っても、平蒔絵(ひらまきえ)、高蒔絵(たかまきえ)、研出蒔絵(とぎだしまきえ)、肉合研出蒔絵(ししあいとぎだしまきえ)など、様々な蒔絵があり、その制作工程はそれぞれ違いがあります。
上で説明した蒔絵の工程は「平蒔絵」のものですが、今回はそのほかに研出蒔絵と高蒔絵もご紹介します。
研出蒔絵(とぎだしまきえ)
蒔絵は一般的に、お椀の背面に対して凹凸がでるものですが、研出蒔絵は表面を均一にすることで、傷がつきにくくなります。また、落ち着いた光り方が印象的なのも、この蒔絵の特徴です。
高蒔絵(たかまきえ)
漆や炭粉(たんぷん)で絵柄を盛り上げて乾燥させ、それを研ぎ出すことで立体感を表現する、最高級蒔絵の技法です。平蒔絵等に比べ、工程も多く、技術を求められます。
駒本さんは、この研出蒔絵と高蒔絵を組み合わせた肉合研出蒔絵(ししあいとぎだしまきえ)を得意とする、非常に高い技術を持ち合わせた職人なのです。
そんな駒本さん、普段は優しい笑顔が魅力的なおじいちゃんなのですが、ひとたび筆を手にすると、一瞬で周りの空気や時間が静まります。
それは、先ほどまで聞こえていた、せわしない蝉の呼び声ですら、耳に届かないほど。
私の背筋も自然に伸び、思わず息を止めてしまいました。
寸分の狂いもなく生み出される、駒本さんの蒔絵たち。しかし、この技術が駒本さんの手に染み込むまでには、一体どれほどの時間と努力があったのでしょうか。
丹念に、丹精込めて
駒本さんは元々、福井の生まれではあるものの、建築企業で働きながら、大阪や奈良などの地方を点々として暮らしていたそうです。
そんな駒本さんが蒔絵の世界に足を踏み入れたのは、婿入りした奥様の家が『駒本蒔絵工房』であったことがきっかけでした。
家業として、小さいころからその技術に触れてきた職人たちとは違い、当時の駒本さんはまったくの素人。それ故に周りとの差は大きく、いろいろな面で苦労したといいます。
師匠に技術を教わる傍ら、博覧会等に出かけて行っては、技術の高い人の作品を参考にし、日々己の技術を磨いていったのだそうです。
そうして努力を重ね続けていたある日のこと。
売り込みから戻ってきた、とあるバイヤーの方に
「駒本の蒔絵が好評で、たくさん注文が取れたよ!」
と言われたのだそうです・・・!!
駒本さんの努力が、確かな結果となって認められた瞬間でした。
駒本さんは言います。
「丹念に、丹念に生きていかなきゃダメだよ」
その言葉にどれほどの努力と、涙と、熱い思いが込められているのでしょうか。
駒本さんの作り出す丹精な作品は、積み重ねた日々の上に生まれた、努力と丹念の賜物。
だからこそ、時代を超えた今もなお、人々を惹きつけてやまないのでしょう。
師匠から弟子へ 受け継がれる技術と思い
そんな駒本さんの技術と人柄に惹かれ、最近では若いお弟子さんが集まってくるようになったといいます。普段は普通の会社員をしている女性達が、お休みになると駒本さんのところへ訪れ、蒔絵の技術と技を学んでいるのだそうです。
そんな若き女性職人たちの後押しもあり、駒本さんは今回RENEWの参加を決意したのだと話してくれました。
RENEW期間中は、アクセサリーショップ『KOMAYA』を期間限定オープン。
その商品の一部をご紹介します。
蒔絵をあしらった、可愛らしいピアス。
金色の花が揺れる、目を引くデザイン。
和と洋が融合した、独創的なリング。
また、当日はワークショップも開催予定。
小さな木のパーツに自由なデザインをすることで、世界に一つだけのオリジナルアクセサリーを作ることができます。
写真はほんの一例。絵柄は自由につけられます。
スタッフの一人が試着させてもらいました。
身につけるとさらに華やぎますよね!
蒔絵というと、菊や車輪、鶴や桜等の和柄を思い浮かべる方も多いと思いますが、KOMAYAではこうしたポップな今風のデザインも、女性職人たちによって取り入れられています。
お話をお伺いしているとき、丁寧にピアスや指輪を並べながら「若い感性にあふれてるやろ?」と、駒本さんは嬉しそうでした。
若い職人の感性を認め、自分の技術を伝えている駒本さんに「今後の目標は何ですか?」とお聞きしてみました。
「若い世代に技術を継承して、河和田に恩返しをすることです。この河和田という場所で授かったものを、今度は若い世代へ伝えることができたら嬉しいね。」
そう優しい表情で話す駒本さんの目には、もっと先の未来が輝いて見えました。
きっと100年先も、200年先も、この河和田という町に『駒本蒔絵工房』はあるでしょう。
その形が、時代とともに移り変わろうとも。
駒本さんの心は、きっと次の世代へ受け継がれてゆくはずです。
<出店者紹介>
駒本蒔絵工房(こまもとまきえこうぼう)
期間限定ショップ KOMAYA
〒916-1224福井県鯖江市莇生田町14-5-1
TEL:0778-65-0377
紹介ページ:http://renew-fukui.com/2019/kanri/exhibitor/koma-ya/
RENEW期間の営業時間:10月12日(土)~14日(月祝)9:30~17:00
ワークショップ:10月12日(土)~14日(月祝)9:30~16:00
※お車でお越しの方へ
駐車は近隣の駐車場へお願いいたします。
文:西山 ほゆ